その昔一緒に番組をやっていた門脇のお昼の番組にCDプロモーションのゲスト出演。BAY-FMと言えば開局試験放送時から5〜6年はずっと番組をやっていて海浜幕張の駅前にあったサテライトスタジオでも試練のランチタイム生放送(生DJミックス番組)とかやってた。たしかまだWBGは建設中で、近所のビルの会社員とかが居るくらいの閑散とした町並み。メッセでイベントがある時だけはものすごい人出だったりとか。電波塔の申請がなかなかおりなくて東京まで電波飛ばない!!とか。ほんと懐かしいねぇ。WBGに移ってからも深夜のDJミックス番組だったのでゴーストタウンのような中での生番組。今思えば華やかさゼロのラジオ時代だった。(笑)それがいつの間にか本社ごとWBGに移転してスタジオも増えててびっくり。編成部長だったA氏も今や編成局長。随分かわいがっても貰ったし、こき使われ(笑)もしたが今ではいい勉強させて頂いてたなぁと感謝感謝。当時のスタッフで知る人もA氏と現編成部長のK氏だけになってしまった。久しぶりに濃い話が出来た。お世話になっていたT部長の訃報を聞いて愕然としたり。幕張のランドマークの一つプリンスホテルがアパホテルになってたり。(笑)そんなBAY-FMも今年で開局20周年。時の流れは早いなぁ。
本日は(桑原)モイチさんの事務所へ。来月のお芝居のチラシやら先月リリースのCDやらを持って遊びに行ってきた。茂一さん自身には何度かイベント会場で挨拶してはいたんだが、こうやってクラブキングにて話をするのはこれまた15年ぶり位じゃないだろうか。何たって俺がこの業界に入るきっかけとなったピテカン。そこでの所属はモイチプロダクションだったのだ。(モプロがピテカンの企画部だったわけで、ライブ要員の俺はこちらの所属だった。)ピテカン無きあとも暫くお世話になっていたんだが、若かった俺(23位だったかな?)はどうにも茂一さんの奔放さに耐えられずに辞めたほろ苦い思い出がある。その後の音選協のすったもんだとかあったりして疎遠になっていたんだけど、去年・今年のアースデイで手を振ってくれたり(笑)会釈返したりで何となく縁みたいなモノを勝手に感じ、突然だけどアポ取って押しかけたというわけ。相変わらず茂一さんは茂一さんで益々茂一さんらしさに磨きがかかってていい大人になってた。音楽のこと、芝居のこと、イベントのこと、ディクショナリーのこと。「何だか昔の仲間が最近よくこうやって訪ねてくるのよ」なんて言いながら、20年経ったけど茂一さんと俺との関係性って全然変わらないなぁと思ったり。何だか妙に居心地が良くてなんだかんだと1時間以上しゃべりまくったのだった。「チラシを見ただけだったら絶対に行かないタイプの芝居なんだけど、話を聞いたら面白そうだから観に行くよ!」と快い返事も戴いたのだった。寺山修司に興味がない二人が寺山の話を元寺山のマンションで語る。何とも滑稽なシチュエーションだがこれもまた縁。年を重ねるたびに人間の魅力、人間の奥深さを感じる有意義な時間だった。
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